
プロフィール
私の生い立ちは「オープンハウス」という表現が一番ふさわしいでしょう。そして、今でもオープンな心を持ち、旅行をする機会に恵まれていることを幸運に思います。子供のころから世界の多種多様な文化を目にする機会に恵まれたことは、大きな財産です。3歳までにはピアノに夢中になっていましたが、幼児にどうしたら才能というものを理解することができるでしょうか。若い時から感じたことは、様々な文化・芸術的背景の中で自分の考えを通して交流を深めることへの情熱でした。その後、キャリアを通して高名なクラシック・アーティスト達と直接的なラポールを持つことになったのは単なる偶然ではありません。大学時代はケルン、パリ、そしてケンブリッジで過ごし、英語の博士号を取得しました。この専攻科目は私の才能の花開くべき分野だったのでしょう。「談話手段としてのモノローグ」への興味からきたものでしたが、将来的に役に立つことになりました。ドイツ語が母国語となりますが、英語とフランス語もネイティブレベルです。しかし、語学力とは常に努力が伴うものです。イタリア語、スペイン語、オランダ語に関しては片言ですが当面間に合っています。
主要な出来事が起こったのは1995年、ドイツ連邦映画委員会 (FFA) のコミュニケーション部主任に任命された時です。この委員会は130億ユーロの年間予算を持つヨーロッパ最大級の組織の一つです。その後ディーター・コスリックと一緒にデュッセルドルフのNRW映画基金を設立し、コミュニケーション・マーケティング・ディレクターとして携わりました。コスリック氏が国際ベルリン映画祭 www.berlinale.de のディレクターとしてベルリンに移った時には私もベルリンに移ることになりました。そこでは ベルリナー・フェストシュピー (www.berlinerfestspiele.de) のコミュニケーション部の共同主任として所属しました。このドイツ政府指揮下に展開された事業に新鮮な息吹を吹き込んだのはヨアヒム・ ザルトリウスでした。
2003年にはBMG クラシックスから国際コミュニケーション部を設立するように依頼がありました。私は即座にそのオファーを受け入れ、新たなる国際レーベル(RCA レッド・シール、ドイツ・ハルモニア・ムンディ、アルテ・ノヴァ)とともに新体制の設立に携わりました。ベルテルスマン社は革新的なクラシック・ジャズ、そして現代音楽のカタログの設立を承諾しました。
2年後に事業はソニー・クラシカル・インターナショナルに買収され、私も新組織で業務を続けることになりました。ソニー・クラシカルの国際代表取締役に業務報告をしながら国際コミュニケーションの部署を引き続き運営しました。
2010年には独立してコンサルタント会社を設立しました。オフィスはミュンヘンにありますが、東京とイスタンブールの動向にも興味深く眼を向けています。時間が経てばわかるでしょう。今のところ優先事項ではありませんが。